実話に基づいたNetflix映画、『This is I(ディスイズアイ)』の配信が始まり、はるな愛さんの波乱万丈な半生に改めて注目が集まっています。
はるな愛役を演じた望月春希さんが、葛藤を抱えながらも自分らしく生きようとする「大西賢示」から「はるな愛」への変遷を見事に演じ切り、SNSでも「涙が止まらない」「勇気をもらえる」と大きな話題を呼んでいます。
この記事では、映画のモデルとなったはるな愛さんの子供の頃や、苦労の絶えなかった若い頃の昔のエピソードを詳しくまとめました。
この記事を読めば、映画では描かれきれなかった数々のエピソード7選を紹介するとともに、はるな愛さんがどのようにして今の明るい笑顔を手に入れたのか、その軌跡を深く知ることができます。
実話!はるな愛の半生を描いた「This is I」が話題
2026年2月10日より、Netflix映画『This is I(ディスイズアイ)』が世界独占配信され、大きな注目を集めています。
本作は、はるな愛さんの自伝と、性別適合手術を執刀した医師和田耕治さんの記録を基にした真実の物語です。
▲はるな愛さんの自伝「素晴らしき、この人生」
主演の望月春希さんが、アイドルを夢見る少年・ケンジが「アイ」へと変わるまでの葛藤を熱演。脇を固める布陣も非常に強力です。
- 斎藤工:運命を変える執刀医・和田耕治役
- 木村多江・千原せいじ:葛藤しながらも支える両親役
- 中村中:自分らしさを教えるショーパブのママ役
- 中村獅童:当時のタブー(手術)を監視する刑事役
また、本作の見どころは、80〜90年代のヒット曲(「Diamonds」など)に合わせた“エア”ミュージカル形式の演出です。
華やかなステージの裏で描かれるのは、中学時代のいじめや自殺未遂、そして社会的な偏見との戦いという重い現実。
しかし、はるな愛さん本人がバリアフリー音声ガイドを担当するなど、作品全体には「誰もが自分らしく生きる」ことへのポジティブなメッセージが込められています。
現在、LGBTQ+をテーマにしたエンタメの枠を超え、多くの視聴者に勇気を与える一作として世界中でランクインしています。
はるな愛の子供の頃は?若い頃や昔のエピソード7選!
エアあややで一世を風靡し、明るいキャラクターで愛されているはるな愛さん。
しかし、その輝かしい笑顔の裏側には、想像を絶する葛藤と、映画『This is I』でも描かれたようなドラマチックな「過去」がありました。
「大西賢示」として過ごした少年時代、自分を隠し続けた思春期、そして夢を追い求めた修行時代。
愛さんの強さがどこから来ているのか、そのルーツを紐解いていきましょう。
エピソード①子供の頃:叔母のストリッパー劇場へ通っていた
はるな愛さんの華やかなパフォーマンスの原点は、意外にも幼少期に通った大阪のストリップ劇場にありました。
当時、叔母がストリッパーだったという縁で、はるなさんは頻繁に劇場へ連れられていたそうです。普通の男の子であれば驚いてしまうような場所ですが、はるなさんにとってはそこは「魔法のような世界」でした。
楽屋で目にするダンサーたちの美しい衣装やメイクの匂い、ステージの圧倒的な輝きを目の当たりにし、物心ついた頃から抱いていた「女の子になりたい」という意識は、より一層強固なものに。
この時、劇場の舞台裏で肌で感じた「美しさ」への渇望やエンターテインメントの空気感が、後に世界一の称号を手にする「はるな愛」の表現力、そして唯一無二のモノマネの才能を育む貴重な土壌となったのです。
エピソード②子供の頃:黒のランドセルが嫌だった
今でこそ、ランドセルのカラーは多種多様ですが、当時はまだ男の子は黒!女の子は赤!という絶対的なルールがあった時代。

はるな愛さんは、その男の子用の黒いランドセルがとても嫌だったそう。また着替え場所が女子とは異なることで、「女の子にはなれないんだろうな」という思いを抱えていました。
そんな中、親戚の女の子から借りたネグリジェで「女の子の匂い」に包まれるのが楽しみだったり、お人形遊びやアイドルごっこに没頭する毎日を過ごしたといいます。
エピソード③子供の頃:テレビ番組で無理矢理女装させられたと嘘
小学生時代〜中学時代、女装してものまね番組などに出演したしていたはるな愛さん。
しかし当時は、「無理矢理、女装させられた」と周囲に嘘をついていたのだそうです。
@wataridori191 #はるな愛 ♬ オリジナル楽曲 – wataridori
エピソード④子供の頃:高校は空手部に所属
中学卒業後、男子校の高校に進学し空手部に入部しましたが、高校は中退。
なぜ空手部だったのかは今のところ不明ですが、もしかしたら空手は一時的な「男らしさ」の仮面だったのかもしれません。
エピソード⑤若い頃:「大西ケンジ」でレコードデビュー
1989年5月25日、はるな愛さんが16歳の時、「大西ケンジ」名義で、シングル「チャンス」(ヴァーンメディア/ポリドール)をリリース。
お父さんの勧めで「大西賢示」でいけ!と言われたところを、カタカナのケンジに変えたのだとか。
衣装やポーズは、松田聖子さんと荻野目洋子さんのイメージで、というはるな愛さん自身の提案が採用されたそうです。
エピソード⑥若い頃:エアあやや誕生のきっかけは声帯のポリープ
はるな愛さんは、大阪を離れて上京後、思うような仕事はなく都内の飲食店などで働いたのち、小さなバーを開きました。
ほどなくして、女の子の声を無理に出していたことが要因で、声帯にポリープができ思うように声がでなくなりました。

声が出ない中で、松田聖子さんや松浦亜弥さんの映像に合わせて、口パクでモノマネをやってみたことが「エアあやや」誕生のきっかけとなったのでした。
エピソード⑦若い頃頃:ほっしゃん。にプロポーズされる

芸人の“ほっしゃん。”こと星田英利さんは、はるな愛さんがデビュー前に勤めていたバーの常連客で、開店から閉店まで入り浸っていたのだとか。
本当に愛さんのことが好きだったほっしゃんは、告白を通り越してプロポーズし、見事に振られました。
「私は男だから・・・」といっても信じられず、お店の営業許可証や免許証を見て納得したのだといいます。
しかし、それでも諦めきれず、男女ではなく人間愛として付き合おうと提案したものの、やっぱり振られたのだそうです。
はるな愛のwiki経歴プロフィール

芸名:はるな愛
本名:大西賢示(おおにし・けんじ)
生年月日:1972年7月21日(53歳 2026年2月時点)
出身地:大阪府大阪市東住吉区(現:平野区)
学歴:高等学校中退
血液型:O型
身長:164.5cm
「エアあやや」のネタで一世を風靡したはるな愛さんですが、その経歴はまさに「努力と挑戦」の連続でした。
芸能界入りのきっかけとブレイク
物心ついた頃から女性だと意識していたはるなさんは、知り合いの紹介で10代後半からはニューハーフとしてショーパブのステージに立ち、トークとパフォーマンスに磨きをかけました。
大きな転機となったのは2007年。松浦亜弥さんの楽曲に合わせ、完璧な表情と仕草で口パクをする「エアあやや」のネタが大ブレイク。
老若男女問わず愛されるキャラクターで、一躍お茶の間の人気者となりました。
世界一の称号と多角的な活動
2009年には、タイで開催されたトランスジェンダーによるビューティーコンテスト「ミス・インターナショナル・クイーン 2009」に出場。
日本人として初めての優勝という快挙を成し遂げ、その美しさと精神の強さを世界に証明しました。
現在はタレント活動にとどまらず、以下のような多方面で活躍しています。
- 実業家: 複数の飲食店を経営。
- 社会貢献: 「子供食堂」の運営や、被災地へのボランティア活動に尽力。
- パラリンピック: 2021年東京パラリンピック開会式では、圧巻のパフォーマンスを披露。
挫折を経験しながらも、常に周囲への感謝を忘れず「自分らしく生きる」を体現し続ける姿は、多くの人々に勇気を与え続けています。
まとめ
Netflix映画『This is I』の配信により、改めて注目を集めているはるな愛さんの半生。
子供の頃のランドセルへの葛藤や、自分を隠して過ごした思春期、そして「エアあやや」誕生の裏側にあった苦労など、その歩みは決して平坦なものではありませんでした。
しかし、どんな逆境も「笑い」と「努力」で変えてきた彼女の姿は、多くの人に勇気を与えてくれます。映画を観たあとに、今回ご紹介した実話エピソードを思い返すと、より一層作品の深みが増すはずです。
自分らしく生きることの素晴らしさを教えてくれるはるな愛さんの活躍から、今後も目が離せませんね!





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